2026年8月 「アイス」
4月から放送大学に入学して臨床心理士を目指して勉強を始めてみました。15年くらい前に臨床心理士になりたいなぁ~と思い色々調べたことがあったのですが、大学から大学院にいかなくてはいけないということがわかりその時はあっさり諦めました。
今回臨床心理士を目指そうと思ったきっかけはオープンハイジ(子どもの心配事や親との関係性で悩んでいる方の相談を始めました。)のチラシを読んだ卒園児が「ゆうこも心理の歴史などの勉強してみたら?」と言われたことでした。その時は私は「いやいやいや~今更勉強なんてしない。フルートやってるからいいの!」と言ったのですが…(でも…勉強してみたいかも?人の気持ちってどうしてこうなるの?何でそういう考えになるの?など…不思議に思うことが多くて四六時中ずっと考えていられるし一番興味がある。それに、もし資格が取れたら自分にも自信がもてて言葉に重みや説得力がつくかもしれない)と今度は真剣に考えてみることにしました。その後臨床心理士の資格が取れる通信の大学を色々探して4月から大学生です。まずは大学で124単位を取得すること。年に2回単位認定試験があるのでそれに受かること。
その後大学院(難関らしい)に入って卒業して試験を受けて合格したらやっと臨床心理士になることができます。多分…10年後?くらいに資格が取れているといいなぁ~?
途中で挫折していないといいなぁ~?などなど心配事も切りがないですが…少しでもわくわくしながら楽しく勉強できたらなぁ~と思っています。(今のところ殆ど楽しくないですが…苦笑)
勉強していて思うことは(誰かに言われたから…)(誰かに怒られないために…)(誰かを喜ばすために…)(誰かを笑顔にするために…)など誰かのためでは続かないなぁ~と。
理屈ではわかっていたことだけど、改めて実感しています。
勉強していて少しでも(つまらない)(やりたくない)(何でやっているんだろう?)と考えてしまうと…
あっ!そういえば○○さんが資格取った方がいいんじゃないんですか?って言っていた!だから○○さんのせいだ~!(○○さんなんて存在しません)
あっ!そういえば入院中の母に「今度大学にいくんだ~!」って言ったら「そうかぁ~頑張れ!」って言っていた。だからお母さんのためだ~!(いやいや実際母は「今更大学にいってどうするんだ~」って言っていた)
こんなふうに少しでも勉強をやりたくないと思ったら誰かを探してでも誰かのせいにしたくなってしまう自分がいます。
でも今回は私が全部自分で決めて始めたことなので誰にも何も言えない。やれるところまではやるしかない…と今は思っています。
決めるって難しいこともあります。特に子どものことを決めるって難しいだろうなぁ~
大人が決めて後々になって子どもから(本当はこうしてほしかった)(ああしてほしかった)(これは嫌だった)(あれも嫌だった)などと言われるのは避けたいし…でも子どもが決めることはその時の気持ちや雰囲気で決めることもあるし…先々のことを考えたら大人が決めてもいいんだろうけど…
う~ん…でも後々になって(こうしてほしかった)(あれは嫌だった)など言われたくないし…どうすればいいの?
例えば親戚のおばちゃんと子どもと親で買い物に出かけたとします。おばちゃんは子どもに「何でも好きなものを選んでいいよ。何でも買ってあげるね」と言い、子どもは棒付きバニラアイスかジュースのどちらかにすると決めました。親的には(アイスか~溶ける~!手がベタベタになる~!着替えがないから困る~!)と瞬時に思い(ジュースを選んでほしい)と懇願したくなりました。
子どもって親が懇願していることをすぐにキャッチできる能力も持ち合わせていて、親の優しい促しや優しい導きや優しい伝え方があれば「今はジュースにしてくれる?」とお願いされたことに「いいよ~」と首を縦に振ってしまう子が殆どなんじゃないかなぁ~と思っています。親は(よかった~)と一安心するけど子ども側からすると(あ~アイス食べたかった~)とアイスのことが心残りになっていたりすることもあったりして…
親が決めるという経験をこんな感じで何回も何十回も何日も何ヶ月も何年も重ねていくと、子どもは(まっいいか~自分の意見はまず通らないから何でもいいよ~)と自分の意思はなくなってしまって諦めることが上手になってしまうような気がします。そのうち「ジュースもいらないよ。虫歯になるからお茶にするね。」なんて言って自分の意見より親が喜ぶだろうなぁ~と思うことをキャッチできるようになるかもしれない…でもでも心の中ではずーっとずーっと(アイスはもちろんいつかチョコもグミも食べたいだけ食べる!)と決めていたりします。
幼い頃は食べ物やおもちゃだったりしますが、子どもが大きくなればなるほど親と子どもで相談しながら決めなくちゃいけないことがでてきます。
例えばゲームのこと、ゲームの時間のこと、携帯のこと、学校のこと…これからありとあらゆることを親と子どもで決めていかなくちゃいけない時に子どもの意見より先に親の意見が優先されてしまう、もしくは親の意見を子どもが想像できてしまうと子どもは段々と何も考えなくなって何も言わなくなっていく…
こんな風に親の意見を優先しながら10代20代と年を重ねていった時に(今までの人生って何だったんだろう…)(ずっと親のために生きてるような気がする…)と何かしらの違和感を感じてしまう日が来るかもしれない。そして、自分のことを考えに考え抜いたあと自分を知るために親から少しずつ距離をとっていくという選択をすることだってあるかもしれない。もしかしたらこれを読んで(あ~自分も親と距離をとっているなぁ~)と感じている方もいるかもしれないです。でもそれって致し方ないことかもしれないです。
でもでも…自分は親と何となく距離をとっているけど我が子には自分と距離をとってほしくないと願っている。
そう…そうなんですよね~
我が子には距離をとりたいって思われないためにはどうしたらいいんだろう?と色々考えてみました。
やっぱり何でも言い合える『対等な対話』が大事なんだろうなぁ~と思いました。
さっきのアイスの話でいうと親は「今アイスを食べると溶けてきて手も服もベタベタになって大変なことになるから明日アイス買って家で食べることにしない?今はジュースでいい?」などと聞きながら過ごすこと。子どもが「今アイス絶対食べたい」となれば親は諦めるしかないけど、もしかしたら子どもが
「んじゃいいよ~今はジュースで…」なんてことになるかもしれない。そんな対等な対話の積み重ねが大事なのかなぁ~と。
対等な対話を通してお互いの妥協線を探しながら過ごせたらいいなぁ~と思っています。
そして子どもも笑って!大人たちも笑って!(子育て真っ只中の人にとって笑うことは難しいことでもあるけど…)でも…今笑い合って過ごせることがずっと仲良しでいられる秘訣でもあると思っています!
とここまで書いた次の日に男の子たち2人組がふざけっこしながらトイレに入るときに鍵のところを叩いたか何かで鍵が閉まらなくなってしまいました。ついこの前、新しく取り替えてもらったばっかりだったこともあり「ちょっとーどうするのー?」と怒り出した私。そして「全員集まってー!」と遊びの途中の子も全員トイレの前に集合。「みんなハイジで自由に遊んでいますがトイレの鍵が壊れてとても困っています。みんなのハイジです。どうしたらいいですか~?」と言うと「はぁ~何言ってんの?オレやってないし…」と文句タラタラな子もいます。
(また始まったよ。めんどくせえ…)と呆れ顔の子が殆どでしたが…その後子どもたちでドアを直して「これから気をつけよう」と話し合いしていました。
この後「あ~私ってハイジだよりに書いたみたいに対等な対話なんてやってないよ~」とのりこに言うと「ホントに!頭ごなしだわ~」と大うけ!さとが「でもゆうこさんは台風(すぐ移動する)だから子どもたちもまた始まったよ。すぐ終わるから~」って思っていますよ~と笑っていました。
『対等な対話』と理想は掲げていますがとーっても難しい…ちゃんと心掛けようと思う1日でした!
2026/08/09
